長崎新聞2013年1月29日2面

論説
長崎市庁舎建て替え「公会堂のチカラ」の評価を

市庁舎の建て替えを検討してきた長崎市は、市公会堂(同市魚の町)を取り壊し、新庁舎を建設すると発表した。市庁舎の建て替えは、市民が入った懇話会や検討委員会、市議会での議論の中で、現在地の建て替えか、公会堂敷地での建て替えかの2案に絞られてきたが、田上富久市長が公会堂敷地で建設することを表明した。

田上市長は公会堂敷地を選択した理由を「工期が短く、市民の利便性や建設コストの削減、職員の業務効率を重視した」と述べた。確かに厳しい市の財政状況を勘案すると、経済コストや効率性を重視しなければならないが、消滅する公会堂の持つ価値について十分な議論が尽くされたか、疑問が残る。街づくりに悔いを残さないため、公会堂の建築物としての価値や景観など広い視点からの評価が必要だ。

現在の市庁舎はこれまでも、手狭なことや老朽化が進んでいることから建て替えが市議会などで議論されてきた。全国的に公共施設の耐震化が問題化する中で、長崎市は2011年2月、市庁舎の建て替えを現在地から公会堂にかけての一帯とするという方針を示し、市議会市庁舎建設特別委員会や市民が入った「市庁舎建て替えに関する市民懇話会」「公会堂等文化施設あり方検討委員会」で論議が重ねられてきた。建設場所については、「公会堂敷地が望ましいという意見が多い」(市民懇話会) 「公会堂敷地が1棟集約による建設が可能で、工期も短く、メリットが多い」(市庁舎特別委)など公会堂敷地の優位性を示す意見が多かったが、一つに絞り込めず、最終的に市長の判断となった。

懇話会や市議会での真剣な議論を尊重するのは当然だが、これまでの長崎市の街づくりにどんな教訓を得てきたのだろうか。歴史的景観や特色ある街並みを市の方針としながらも、老朽化を理由に由緒ある建物が次々に取り壊され、全国どこでもあるような画一的な市街地になってきたことへの反省が必要だ。

特に市民が共通の価値観として持てる「街の記憶」としての建築物の存在価値は、街づくりの核となっていく。公会堂は地元出身の建築家、武基雄氏が設計し、1962(昭和37)年に完成した。原爆で壊滅的な被害を受けた長崎は、県、市、商工会議所が中心となって国際文化都市建設計画を立案、旧長崎水族館、県立美術博物館など昭和30年代に全国が注目する建築文化が花開いた。しかし、老朽化を理由に相次いで取り壊され、公会堂が武氏設計の唯一のものとなった。その建築的価値は2003年に日本建築学会の「日本の近代建築100選」に選ばれたことに象徴される。

先日、公会堂で開館50周年を記念するイベント「公会堂のチカラ」が聞かれた。50年の歴史を語るトークショーや演劇が催されたが、そこにあったのは公会堂に対する深い愛着だった。市民の心に深く刻まれた建物のチカラは何者にも替え難い街づくりの力である。

(馬場宣房)

長崎新聞2013年1月29日2面

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投稿者

長崎都市遺産研究会
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長崎都市遺産研究会は、都市の中で埋もれていたり、解体されようとしている貴重な建築遺産を発掘、保全し、次世代に継承するための支援活動を行う市民団体です。

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