公会堂さるく&トーク その1

DOCOMOMOの評価と保存・再生要望2013年11月3日(日・祝)に開催した長崎市公会堂さるく&トーク。
設計を担当した渡辺満氏、DOCOMOMO Japan名誉会員の兼松紘一郎氏を迎え、
長崎市公会堂の歴史と建築的価値を再認識する貴重な機会となりました。
当日は、約150名の方にご参加いただき、トークセッションでは会場からたくさんのご意見を頂戴しました。

watanabe第1部 さるく

研究会副代表の鉄川による、豪華な緞帳の解説から始まった公会堂さるく。

続いて登壇した渡辺氏は、舞台上や周囲の人の顔が見えすいように工夫した客席やロビー、家具、階段などへのこだわりを解説。
公会堂という公共の場を限られた予算内でどう実現したかを実物を前に語っていただきました。また、通常入ることができない奈落や楽屋なども見学しました。
<動画:写真をクリックすると、渡辺氏の解説が動画でご覧いただけます。>
※参加者のご厚意により動画をご提供いただきました。


第2部 トークセッション
ナビゲータ:
渡辺満(建築家・武基雄研究室OB長崎市公会堂設計担当)
兼松紘一郎(建築家・DOCOMOMO Japan名誉会員)
林一馬(建築史家・長崎都市遺産研究会代表)

モデレータ:
中村享一(建築家・長崎都市遺産研究会副代表)
鉄川進(建築家・同副代表)

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1.DOCOMOMO の評価と保存・再生要望
兼松氏からは、これまでのドコモモの活動と1920年頃から1970年代までの近代建築について、建築家・武基雄についてもご紹介いただきました。

日本の近代建築を世界に伝えるために日本独自の建築である木造の学校、料亭などを20選では意図的に選びました。その後、100選、150と増え、更に164選になります。これらに優劣の差はなく、各地の風土を捉えた建築は、どれもその土地によっては、かけがいのない建築。世界遺産にもなったシドニーのオペラハウスと同等の価値があるという基準で選定しています。
長崎市公会堂は原爆復興のため、長崎に新しい文化を築こうと建設された、地域に根付いた建築であること。長崎市民だけのものではなく、日本の宝物であると評価をいただきました。
<動画:写真をクリックすると兼松氏の解説が動画でご覧いただけます。>
※参加者のご厚意により、動画をご提供いただきました。

2.長崎の都市の文脈
研究会の林代表が、長崎の都市、或いは建築、文化的な文脈の中で公会堂はどう位置付けられるか、大航海時代から港を中心に発展したまちの変遷と長崎の建築遺産を解説。

海外交流の足跡が見られることがこのまちの大きな特色ですが、1つは中国との交易による興福寺を代表とする唐寺。
もう1つは外来技術による眼鏡橋を代表とするアーチの石橋群。
更に、国宝大浦天主堂を代表とするキリスト教関連遺産が、現在、世界遺産登録を目指しています。
グラバー住宅を代表とする幕末期の洋風建築は長崎にしか現存しないため、実は非常に価値が高く、
他に明治大正期の洋館が居留地に残っています。
しかし、高島炭鉱社(明治中期)を筆頭に近年、たくさんの洋館が失われています。

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 長崎のまちは洋館が特徴だと言われますが、戦前期にできた小中学校の質が非常に高く、それに気付かないうちに、磨屋小学校(1927年竣工)、新興善小学校(1936年竣工)、勝山小学校(1936年竣工)などモダニズムの先駆けといえる公共建築が失われました。戦後最初の公共建築としては、長崎国際文化会館(1955年)も既に失われています。

武先生の水族館と公会堂、今井兼次の二十六聖人記念聖堂、白井晟一の親和銀行は、日本のモダニズム建築の頂点といえる1960年代の建築群で、日本中の建築学科の学生が長崎詣でに来ていました。長崎の建築文化は、明治大正時代までの和(日本)、華(中国)、蘭(西洋)と近現代建築が卓袱状態であることが特徴です。しかし、昭和戦前期や1960年代の建物が現在、軽視され、失われつつあります。
他都市では、公会堂は重要文化財等に指定され、都市のシンボルとして生きています。長崎は昨年、世界新三大夜景に選定されましたが、この夜陰に紛れて、公会堂は失われて良いのかと問いかけました。
<動画:写真をクリックすると、林一馬の解説が動画でご覧いただけます>
※参加者のご厚意により動画をご提供いただきました。


3.メッセージ紹介

公会堂さるく&トークに寄せられたメッセージを研究会の中村副代表が紹介。 
大事なことを浮かび上がらせたいという思いから、50文字でのメッセージをお願いしましたが、納まりきらない思いをたくさん頂戴しました。時間の都合上、会場では下記4名分を読み上げ、他の方についてはスライドで紹介しました。

message

早稲田大学で、武先生と同じ時期に教鞭を取られ、日本建築家協会会長もされた穂積信夫先生。
「今治で育った丹下の建築を大切にしている町に比べて、長崎の建築家、武基雄の作品を次々と壊している長崎を悲しく思っています。」

戦後の近代建築の先駆けとなった霞が関ビルや、ハウステンボスを設計された池田先生
「原子爆弾の被爆都市長崎が全世界に発信した“平和宣言”の貴重なシンボルといえる “長崎市公会堂”は、単に長崎市の一建築ではなく、全世界の人々が心に留めるべき意義を内蔵した極めて重要な建築であります。 末永く大切に保存せねばならない責任と義務があります。」

 

DOCOMOMO前代表の鈴木博之先生
「いかにも武基雄先生らしいすっきりしたシルエットの長崎市公会堂は、いつまでも残り続けてほしい。」

DOCOMOMO現代表の松隈洋先生
「戦後復興の象徴であり、被爆地長崎を生きる人々に勇気と励ましを与えてきた貴重な建物を簡単に葬り去ることは、長崎自身の歴史を失うことであると思います。父の出身地でもあり、被爆者でもあるので他人事ではありません。どうか良い方向へと事態が動くことを願っています。」

その2に続く

 

Photo & Movie

ポルトガル船入港の様子を描いた狩野内膳の南蛮屏風をもとに、オランダ刺繍を施した縦9.5メートル、横20メートルの緞帳。NBC長崎放送が寄贈したもので、当時の制作費は845万円。長崎市公会堂本体の総工事費は、2億4千万円(緞帳、絞り緞帳、ピアノを除く)という記録がある。 普段、上がることのできない舞台に上がって、客席のつくり方を解説 回り舞台の下は、こんな仕組み 数々の出演者たちが過した楽屋。鏡横のライトが何ともレトロ 最上階のロビーからは、こんな景色が
第1部オープニング
緞帳の解説

投稿者

長崎都市遺産研究会
長崎都市遺産研究会

長崎都市遺産研究会は、都市の中で埋もれていたり、解体されようとしている貴重な建築遺産を発掘、保全し、次世代に継承するための支援活動を行う市民団体です。

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