長崎新聞2013年2月5日/寄稿

長崎市公会堂を取り壊してよいのか
再活用こそまちづくり

先日来の報道に接し驚がくしている。長崎市は老朽化した市役所を建て替えるに当たり、現・公会堂を取り壊してその敷地に新庁舎を建設し、市役所跡地に新しい文化施設をつくるのだという。説明もなされていたが、しかし本当にこんなことをしてよいのだろうか。あまりに安易で、かつ時代遅れのやり方ではないか。

原爆復興の象徴

まず、現公会堂をどうして潰(つぶ)してはいけないのか。理由は大きく三つある。第一に、これの建設には、被爆直後の長崎が平和文化都市として再編されることを願って、全国から寄せられた浄財である原爆復興基金が使われたという事実である。この基金にもとづく文化施設には、国際文化会館や長崎水族館などもあったが、これらはすでに失われたため、公会堂は最後に残された一つといえる。

それゆえ、もしこれを取り壊せば、長崎市はその恩義をみずから葬り去ることになるのではないか。せめて一つぐらいは記念として残しておくのが、ふつうの人間の処し方ではなかろうか。長崎は日ごろから原爆や平和について世界に向けて発信をしてきたが、これではもう説得力を失うのではないか。これらのことが懸念される。

文化財的な価値

第二に、公会堂の建物がもつ建築的、文化財的な価値がある。長崎ではあまり知られていないが、「DOCOMOMO(ドコモモ)」という近代建築の記録と保存に関する国際的な学術組織(本部パリ)の日本支部が、2003年に全国にある近代建築の重要遺構100点(以後の追加で現在では150点)を選定した。この建築は、すでにその中に入っているほど高く評価されているのだ。九州・沖縄地区では全部で7件しか選ばれていない(のち5件追加された)が、全国的にみると東京の国立西洋美術館や広島のピースセンター、世界平和記念聖堂といったその後に国の重要文化財に指定されたものも含まれている。

しかも公会堂は、長崎市出身の建築家・武基雄氏が設計したその代表作でもある。同じく早大教授だった今井兼次氏が設計し、同年に竣工(しゅんこう)した日本二十六聖人殉教記念館と並んで、長崎市街に残る戦後日本近代建築の双璧というべき名建築なのだ。

都市景観的資質

第三に公会堂が有する都市文化的、景観的な資質が挙げられる。この建築が長崎市の都心部に醸し出してきた品格は、雑多なビルの比ではない。また、ほんの最近まで文化的諸行事の晴れ舞台として、まさしくその顔として果たしてきた役割は、多くの市民の記憶に焼き付いているのではなかろうか。決して「50年間ありがとう」といって済ませられる問題ではあるまい。しかも建物本体だけでなく、その前面に設けられた広場は、くんちをはじめ、さまざまなイベントに利用されてきたが、何もない時でもその空間がもたらす開放感はほかに替え難いであろう。

ここに高層の巨大市庁舎が立つと、ただでさえマンションの林立でせせこましくなってきた都心部の風情が、いっそう窮屈となるに違いない。「まちなか」に近くなるというが、かえって寺町に近づき過ぎて景観を阻害しかねない。この建築と広場がもつ余裕と風格こそが、原爆からの復興を遂げた都市・長崎の、そして市民共有の大切な財産だと言ってよいのではないかと思う。

もちろん築後50年を経たその建物が、すでに構造的、性能的に劣化しているのは疑えない。がこれは実は長期にわたって、一度も大々的な補修をしてこなかったことの結果でもある。幸い、市民や関係者が欲するホールの座席数は現公会堂の半分から3分の2でよいというのだから、全面的なリニューアルや耐震補強は技術的にさほど難しいことではない。公共的な歴史資産を再生し再活用することこそが、今日のまちづくりの王道となりつつあるのだから、この方が話題性に富むし、期待も膨らむ。

現地建て替え案

一方、現市庁舎の本館・別館が建つ敷地が、狭隘(きょうあい)でいろいろと制約の多いことはよく分かる。しかし優れた建築家や都市デザイナーからすれば、それこそ知恵の出しどころ、腕の見せどころという範囲でしかなかろう。あの場所ならば、少々高層化しても影響はほとんど出ないだろう。しかも幸運なことに、県庁舎の新築移転が先行しているのだから、建て替え期間中は一時その建物を借用すれば済むことなのだ。議場もあるし、面積的にも心配はない。引っ越しが2回になることを除けば、何の心配もないであろう。

手順変更や設計上の面倒さが多少あるのは確かだが、しかしそれによって得られる結末の良好さと誇りの大きさに比べれば、挑戦する意義は十分ある課題だと考える。むしろ、さすが長崎市だと、全世界から称賛されたいものだ。市民ならびに市議会や市当局の大英断、とりわけ引き返す勇気を望みたい。

長崎総合科学大学(林一馬)

長崎新聞2013年2月5日/寄稿

長崎新聞2013年2月5日/寄稿

投稿者

長崎都市遺産研究会
長崎都市遺産研究会

長崎都市遺産研究会は、都市の中で埋もれていたり、解体されようとしている貴重な建築遺産を発掘、保全し、次世代に継承するための支援活動を行う市民団体です。

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